私は葬儀料理を専門に作る料理人として、これまで30年にわたり数えきれないほどの「最後のお別れの食卓」を支えてきました。私たちの仕事は、華やかな披露宴の料理とは全く異なる哲学が求められます。1番大切なのは、自己主張を抑え、遺族や参列者の心に静かに寄り添う「引き算の美学」です。葬儀の料理は、主役であってはなりません。あくまでも故人との思い出を語り合うための「背景」であり、会話を邪魔しない優しさが必要です。私が厨房で1番神経を使うのは、温度管理です。悲しみに暮れる中、温かいものは温かいうちに、冷たいものはキリッと冷えた状態で提供すること。この当たり前のことが、疲弊した参列者の心をどれほど癒やすか、私は長年の経験で知っています。一口の温かい吸い物が、強張った肩をほぐし、止まっていた涙を誘うこともあります。また、盛り付けにおいても、派手な装飾は避けつつ、気品と清潔感を追求します。黒や白、紺といった落ち着いた器の中で、季節の緑や黄色がほのかに輝くような、そんな調和を目指しています。私たちの料理は、言葉を持たないメッセージです。「これまでお疲れ様でした」「ゆっくり休んでください」という想いを、1つひとつの野菜の切り方や、出汁の引き方に込めています。以前、あるご家族から「故人が生前大好きだったコロッケを1つだけメニューに加えてほしい」というリクエストをいただいたことがあります。懐石料理の中では異質な存在かもしれませんが、私は快くお引き受けしました。当日、そのコロッケを口にした喪主様が、昔を思い出して微笑まれた瞬間を見て、私の仕事の真意を再確認しました。葬儀料理は、単なる食事ではなく、遺された人々が前を向くための「生命の儀式」なのです。だからこそ、私たちは一分一秒を争う戦場のような厨房であっても、心を研ぎ澄ませて包丁を握ります。HACCPに基づいた徹底的な衛生管理はもちろんのこと、食材の産地にもこだわり、120%の安全と100%の真心を提供することを信条としています。近年、家族葬の増加により、料理の形式も変化していますが、私たちの「もてなす心」は不変です。今日もまた、誰かの人生のピリオドを彩るために、私たちは一期一会の精神で火の前に立ち続けます。1人でも多くの参列者が、私たちの料理を通じて心の平安を取り戻せるよう、精進を重ねる毎日です。