日本の葬儀プランナーの仕事内容は、都会の大都市圏と地方の農村部では、驚くほどその様相が異なります。この違いは、地域のコミュニティの密度と、火葬場の効率性、そして「死」に対する社会的な距離感に起因しています。まず、東京や大阪などの都会の現場では、何よりも「スピードと効率」が重視されます。火葬場が極端に不足しているため、プランナーの1番の任務は、パズルのピースを埋めるように、火葬場の空き時間に合わせて式場を予約し、遺体を数日間安置するための「遺体ホテル」を手配することです。また、都会の遺族はプライバシーを重視し、隣人に知らせずに行う家族葬が9割以上を占めることも珍しくありません。プランナーは、いかに短時間で、かつ洗練されたモダンな式を演出できるかという、プロデューサーとしての手腕が問われます。一方、地方の現場では、プランナーは「地域の調整役」としての顔が強くなります。訃報が出れば即座に町内会に連絡が回り、式には数百人の参列者が訪れることもあります。プランナーは、遺族だけでなく、町内会長や寺院の総代といった「地域の重鎮」たちへの配慮も欠かせません。料理の量や引き出物の内容が地域の基準に達していないと、遺族が後で肩身の狭い思いをすることになるからです。地方では、葬儀そのものが地域の結束を確認する一大イベントとしての性格を色濃く残しています。また、都會では専業の葬儀プランナーが分業制で働きますが、地方ではお迎えから司会、さらには四十九日の納骨まで、1人のプランナーが数ヶ月にわたって1組の家族をトータルで担当することが多いのも特徴です。15分で打ち合わせを済ませる都会のスピード感と、3時間かけてお茶を飲みながら思い出話に付き合う地方の温かさ。どちらが良いというわけではなく、それぞれの環境に最適化された「プロの形」があるのです。都会のプランナーには、高い情報収集力と洗練された演出力が。地方のプランナーには、深い人間関係の構築力と、伝統の継承者としての誇りが求められます。日本のどこにいても、最期に寄り添ってくれるプランナーという存在の大きさは変わりませんが、その仕事のディテールには、日本という国の多様なグラデーションが映し出されています。