なぜ、そんなに辛い仕事を続けているのですか。友人にそう尋ねられるたび、私は少しだけ考え込んでしまいます。確かに、葬儀プランナーという仕事は過酷です。深夜の呼び出し、休みなしの繁忙期、そして何より他人の悲しみを背負い続ける精神的な重圧。15年続けてきても、慣れることはありません。しかし、私がこの仕事を辞められない理由は、1枚の古い手紙の中にあります。それは、私が初めて独り立ちして担当した葬儀の遺族から、式の数ヶ月後に届いたものでした。そこにはこう書かれていました。「あの日、パニックになっていた私を、あなたが静かに支えてくれました。あなたが父の好物だったメロンを棺に入れてくれたとき、初めて救われた気がしました」。その手紙を読んだとき、私は自分がやっていることが、単なるビジネスではなく、誰かの人生の「絶望の淵」に橋を架ける作業なのだと悟りました。人は、最愛の人を亡くしたとき、世界のすべてが終わったような感覚になります。でも、私たちプランナーが丁寧に式を整え、美しい花を飾り、静かな時間を演出することで、遺族は「ああ、この人は立派に旅立ったのだ」という納得感を得ることができます。その納得感こそが、再び明日から生きていくための小さなエネルギーに変わるのです。1人ひとりの人生の最後を汚さず、尊厳を持って見送る。その手伝いができることは、人間にとって究極の喜びだと言っても過言ではありません。もちろん、失敗して落ち込む日もありますし、自分の無力さに涙することもあります。でも、祭壇の前に立ったとき、故人の遺影が微笑んでいるように見える瞬間があるのです。「ありがとう、良い式だったよ」という故人の声が、私には聞こえる気がするのです。葬儀プランナーは、死を扱う仕事だと思われがちですが、実は「愛」を扱う仕事です。どれだけ故人が愛されていたか、どれだけ家族が故人を大切に思っていたか。その愛を形にして残すのが私たちの仕事です。私は、この黒い制服を着ている間は、世界で1番優しい人間でありたいと思っています。誰かの涙を拭うことはできなくても、その涙が乾くまで隣に立ち続けることはできる。その唯一無二のやりがいこそが、私が今日も現場へ向かう、たった1つの、そして最大の理由なのです。人生の最後を、あなたに。そう言っていただける幸せを噛み締めながら、私はこれからも、この道を歩き続けます。
私が葬儀プランナーを続ける唯一の理由